たった二人きりの剱岳早月尾根 敗退
 


2020年1月4日(土)〜9日(木)
 メンバー:佐藤 博さん、小田中 智
 コース:伊折〜馬場島〜松尾平〜1,700m地点 往復


 冬の剱岳早月尾根に登りたいと思ったのは5年程前からの思いだった。冬の剱岳は富山県登山届出条例があるため登山届を提出しなければならなく、また日程の関係で同行するパートナーに恵まれなかった。
 今回やっと昔の仲間との日程が合い、ようやく恋焦がれた冬の早月尾根行けることになった。正月は家族と過ごしたいので三が日が過ぎてから日程を組んだ。山岳救助隊から現地の情報が入ったところによると、登山者は3日で全員が下山して入山は我々2人だけだと言い、積雪は少なく馬場島までは雪がないとのことだ。
 初めて剱岳に登ったのは盛岡山想会の冬山合宿で18歳の時だった。早月尾根から見たギザギザの尾根の小窓尾根が素敵で今度は小窓尾根に行きたいと思った。5月に小窓尾根に行くと、尾根というよりも急な岩壁が山頂まで続く剱尾根に憧れた。5月の剱尾根に行くと八ッ峰や壁に憧れた。
 そうしていろんな角度から見る剱岳は私にとって一番の山となり、特に白と黒のコントラストが美しい5月の剱岳がステキと思うようになった。

登山計画
 4日(土) 盛岡(4:00)=鶴岡市=新潟市=富山市(18:00)
 5日(日) 富山市=伊折(7:00)…馬場島…松尾平(16:00)
 6日(月) 松尾平(6:30)…1,600m付近(15:00)
 7日(火) 1,600m付近(6:30)…早月小屋付近2,224m(14:00)
 8日(水) 早月小屋付近(6:30)…2,614m…剱岳…早月小屋付近(15:00)
 9日(木) 予備日
 10日(金) 予備日
 11日(土) 早月小屋付近(6:00)…馬場島…伊折(18:00)=富山市(19:00)
 12日(日) 富山市(8:00)=鶴岡市=盛岡(22:00)

登攀装備
 スノーシュー、ストック、ピッケル、8mm30mザイル、ハーネス、下降器、カラビナ3枚、シュリンゲ3枚

剣岳(2,999m) 日本百名山
 飛騨山脈(北アルプス)北部の立山連峰にあり、山域はその特別保護地区になっている。立山とならび、日本では数少ない氷河の現存する山である。日本国内で「一般登山者が登る山のうちでは危険度の最も高い山」とされる。
 最終氷期に発達した氷河に削り取られた氷食尖峰で、その峻険な山容は訪れる者を圧倒し、登山家からは「岩の殿堂」とも「岩と雪の殿堂」とも呼ばれている。北から東の方角には、大窓をはじめとする「窓」と呼ばれる懸垂氷食谷が発達し、うち、「三ノ窓」と「小窓」の両谷には、日本では数少ない現存氷河である三ノ窓氷河と小窓氷河を擁する。
 早月尾根ルートは冬山登山の代表的なルートだが、その高低差は約2,200mときつい登りで、北アルプス三大急登の一つに入っている。2,200mの早月小屋までは展望のきかない登りだが、小屋を過ぎると展望が一気に開け、小窓尾根や剱尾根の黒い岩峰群がそびえたちエキゾチックな眺めとなる。
 2,400mのピークを過ぎると岩場が出始め、シシ頭の岩場のトラバースからカニのハサミの岩場を通過するところが核心部となる。

4日(曇り)
 今回のドライブルートは高速を使わず、秋田に出て日本海岸を走る道路にした。予測では12時間の予定であり、高速を走っても8時間かかるので、高速料金を節約するためと友人に勧められたためでもある。
 4時に自宅を出発し佐藤君を迎えて秋田へ向かう。雫石から秋田へ入り大仙市から峠を越えると雪がなくなった。今年は異常的に雪が少ないようだ。
 音楽を聴き、3時間交代で日本海に接する国道を走っていく。道路は全体的に思ったよりもすいており、順調に距離をかせいでいった。暗くなる頃には富山市に入り、宿泊先の「アパホテル富山駅前」には5時半頃着いた。このホテルが一番安く、ツインルームで1人3,700円である。
 居酒屋を探してホテルを出ると雨が降っており、土曜日ともあってか混んでいて、やっと焼き鳥専門店の席に座ることができた。美味しい焼き鳥を食べ飲んで、雨がザーザー降るなかホテルに戻る。この時期にザーザー降りの雨にびっくりした。

5日(曇り)
 4時に起床し、外に出ると雨は止んでいた。広い道路を走って郊外に出るとやっと薄っすらと雪が現れた。昨日居酒屋で聞いた話によると富山市内は冬でも雨が降るという。雪が多い地域として認識していただけに意外であった。
 伊折手前の峠になると15cm程の新雪が積もっており、1台の先行車のトレールがあったので助かった。伊折手前の集落で道を間違え戻り、伊折の冬期ゲートに着いた。朝食を食べ準備をしているとようやく明るくなり始めた。
 昨夜の新雪は10cmほどでツボ足で歩き始める。食料・装備とも軽量化したが、アイゼン、ピッケル、スノーシューを付けたザックは重く22kg程だ。30分歩いて積雪が少し増えたので、重いスノーシューを履く。
 通年であればこの付近でも結構な積雪があるはずであるが、昨夜降った新雪だけなのでまだ楽ではあるが、馬場島はまだまだ遠い。
 白萩発電所付近で馬場島荘から来た方とすれ違い、今度は救助隊の方が下ってきて話をする。緊急連絡先に雲表倶楽部代表の藤原さんの名前を記入していたら、若かりし頃に藤原さんと出会って懐かしいと話してくれた。
 雪が水分を含んできたため、スノーシューにコブが付き歩きずらいせいもあるが疲れてきた。やっと馬場島に着き、救助隊詰め所に挨拶に行くと発信器のヤマタンを渡された。私たち2人のためだけに残っていてくれたのでお土産を買ってきた。
 カップラーメンの昼食を食べいよいよ山へと入って行く。この辺での積雪は30cm程でありふわふわの雪でラッセルもしやすいが、けっこう疲れておりラッセルは15分交代でおこなう。積雪が少ないので時折行く手を邪魔するブッシュによけい疲れる。
 一昨日までのトレースがうっすらと残っているのでコース取りは楽であるが、トレースを外すと膝まで潜った。登山口からの急登を登ると一気に疲れたので、松尾平の手前の950m地点に設営する。雪が少ない情報が入ったのでワカンにしようかとも思ったが、スノーシューにしてよかった。
 食料は全て各自なので、各々準備した食事を見せびらかしながらウイスキーで乾杯する。ちなみに私は、夜だけは生肉を持参し後は乾燥食品であるが、1週間分の食料となるとそこそこに重い。今夜は牛ステーキに舌鼓を打つ。


伊折のゲートから


白萩発電所


白萩発電所


馬場島


登山口から

タイム:伊折(6:55)→白萩発電所(10:30)→馬場島(11:55〜12:40)→950m地点(14:55)


6日(晴れ)
 歩き始めて間もなく松尾平に着いた。上空は晴れているみたいで、小窓尾根のマッチ箱と赤ハゲ、白ハゲがクッキリと見えた。小窓尾根上部のギザギザの岩稜、大窓のギャップ、赤谷山へ続く稜線と素晴らしい眺めだ。昨日ここまで頑張れば、朝な夕なとテントから眺めれたと思うと残念でならない。
 登るごとに積雪は増え、平坦なラッセルから登りになると大きな大木である立山杉が現れた。休むと再び背負うザックが重くなるように感じられ、歩き始めて間もなくには疲れを感じる。雪が少ないとはいえ2人きりでのラッセルはきつい。
 枝越しに見える北方稜線の景色に励まされながら、ラッセルの番を頑張る。標高が上がると赤ハゲ、白ハゲの左にゆったりした山容の猫又山が見えた。空は青空で日が当たるようになってきた。この天気があと2日間もったらいいのだが、予報では明日の午後から崩れはじめるようだ。
 雪は膝までもぐり急な登りになると膝上となるので足があがらず、ストックで掻き出しながら登るので疲れる。先頭を交代すると以前の硬い雪に滑り、先頭も2番手も同じ苦しみだ。ワカンで来ていたならここで敗退になったかもしれない。
 予定では1,600m付近に泊まる予定であったが、疲れたので1,550m地点で止めることにする。この場所は少し窪地になっているので、風が当たらなく最適な場所とこじつけた。
 設営中に飲んだ一口のウイスキーがとてもおいしい。今夜は豚ステーキだ。生肉は重い荷物になったが、こんなに辛いラッセルの時に食べるのは活力になった。私は肉が大好物である。


松尾平から見る 小窓の王、マッチ箱、池平山、大窓、白ハゲ、白萩山、赤谷山


立山杉の大木


大窓、白ハゲ、白萩山、赤谷山


白ハゲ、白萩山、赤谷山


猫又山


1,400m付近のラッセル


1,550mのテントサイト

タイム:950m地点(6:40)→松尾平(7:00)→立山杉(8:15)→1,550m地点(14:30)


7日(高曇りのち小雨)
 目が覚めたのは6時過ぎで寝坊してしまい、明るくなり始めてきた。
 標高1,600mの高度での気温はたかが知れているのであるが、私のシュラフカバーは結露しシュラフが濡れていた。昨夜も多少は濡れたが汗だと思っていたがそうではないみたいだ。一昨年購入したヘリテイジのゴアテックスである。今回は軽量のためテントのフライは持ってこず、テントも湿気で氷り悲惨な朝であったが、佐藤君の古いシュラフカバーは快適のようだ。
 8時過ぎの出発となり、傾斜が急になると膝上までもぐり、早くも足が上がらない状態だ。天気は、風が無く高曇りで猫又山も見え穏やかだ。出発の順番はジャンケンに負けたため私からのスタートになったが、10分のラッセルで交代した。
 佐藤君は頑張り20分ほどラッセルしたが、私が苦しく、ここに荷物を置いて行ける所まで行こうと提案した。この時点で先行きは見えており、テントに不要物を残し軽い荷物で先へ進む。デポ地点は1,600mなので、1,700m地点まで行って最高到達点にすることにした。
 軽い荷物でラッセルは楽にはなったが、荷物を置いてきた以上1,700m地点より先に行っても大して意味はないので、残念ではあるがここで敗退することにした。二人だけでの荷物を背負ってのラッセルは、体力の限界を感じたので悔しがることもできない。もう年なのであると諦め、悲しくはあるが今できる登り方をするしかないと、気持ちを切りかえるしかない。
 下りは早いものですぐにデポ地点に着き、パッキングをする。天気予報は午後から天気が崩れ、明日は豪雪と風も強いので行動はできないだろうが、早月小屋付近に今日入れれば2日間ほど停滞し、翌日に頂上に行くという選択肢もあったが、早月小屋まで行ける体力がなかったことには下山するしかない。
 馬場島を目指して下っていく。昨夜泊まった場所からはアイゼンを脱ぎゆっくりと下っていく。気温は高く雪は湿気を含んでいるため友人のアイゼンはダンゴムシが付いているようだが、私のアイゼンは新品のためダンゴの付かなく快適だ。
 松尾平付近では小雨となり、急な下りを慎重に下ると馬場島が見えてきた。これから雨降りとなる馬場島の何処に泊まろうかと思案していると、キャンプ場の炊事場があった。屋根があるので雨がが防げるので助かる。
 救助隊の詰め所で下山報告をし、炊事場にテントを張る。運がいいことに水が流れており、ここはこの上ない冬のテン場である。今夜は残っている食料の最高級品を食べながら宴会だ。
 私のシュラフは全てに乾いている所は無く湿っているが、明日は下界で美味しいものが食べれると思うと、それだけで寝心地の悪さは我慢ができた。ここは標高も低く気温は高いので寒くはないのである。
 夜中には風がかなり強くなり雨も強いような音がしているので、最悪あしたは停滞も有りだなと寝ながら思った。


猫又山


白萩山、赤谷山


トレースの所が1,700m最高到達点


富山湾をバックに佐藤君


富山湾をバックに小田中


早月尾根登山口


馬場島炊事場

タイム:1,550m地点(8:20)→1,700m最高到達点(10:45〜11:00)→馬場島(15:45)


8日(小雨のち曇り)
 明け方の風はかなり強かったが、朝には風は収まり小雨となった。各自で雨対策をどうするか考えた末、私はザックカバーを体に被ることにし、佐藤君は銀マットを頭からザックにかけて被る工夫をした。
 結果的にはどちらにしても後方の処理は良いようだったが、前から当たる雨はヤッケでは防げず濡れた。行く時には5時間かかった道のりも、中盤からは雨で雪が解けた道路になったのでかなり早くに着いた。途中からは雨がやみ視界も良くなり、小窓尾根から山頂付近が望めたのは嬉しかった。
 こうして5年越しの冬剣は敗退で終わってしまったが、体力的にラッセルでの3泊以上のテント泊はもう無理だと分かったので、悔しい気持ちは残っていない。これからは出来る山行を楽しみながらやっていくしかないのだから。
 立山駅方面の道の駅に鱒寿しを買いに行ったら休みだったので、上市に向かい入浴する。4日ぶりの風呂は気持ちが良く幸せ気分だ。鱒寿しを買うため高速道に乗り、サービスエリアで遅い昼食を食べお土産を買う。
 高速道を降り予約した糸魚川の「民宿彦左衛門」に向かう。彦左衛門は2年前に剱岳の帰りに泊まった民宿で、海が目の前に見え、安い割には食事が良い宿だった。今回も4,000円の追加料理を注文しているので楽しみだ。
 16時頃に宿に着き、まずはビールで乾杯する。食事は魚料理で、追加の船盛は豪勢で美味しかった。


銀マットを被った佐藤君 浮浪者ではありません


剱岳から小窓尾根


剱岳から小窓尾根 剱尾根も見える

タイム:馬場島(8:45)→伊折(11:20)


9日(曇り)
 8時過ぎに宿を後にし、日本海岸を走っていく。交代は3時間ほどにし、交代すると眠った。山の中ではけっこう睡眠はとっていたが体は疲れており、車内での居眠りは心地よかった。
 日本海の海は波が荒く、二人での会話はあまりなかったので、音楽を聴きながらひたすら走った。秋田からは西和賀経由とし、今月後半に行く和賀岳の積雪状態を確認する。横手から雪が出てきて、西和賀に入るとそこそこの雪が積もっており、何故か雪があることに安心した。
 自宅には20時過ぎに着き、長い長いドライブがようやく終わった。
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