荒川三山〜赤石岳周回ツアー
 


2019年9月23日(月)〜28日(土)

 メンバー:加藤さん(千葉県)、渡邉 正一さん(福島県)、佐藤 博さん、小田中 智
 コース:椹島〜清水平〜千枚小屋(泊)〜千枚岳〜悪沢岳〜荒川小屋(泊)〜赤石岳〜赤石小屋(泊)〜椹島


荒川三山悪沢岳(3,141m) 日本百名山
 荒川三山は、南アルプス国立公園内の赤石山脈(南アルプス)中央部にある前岳、中岳、悪沢岳(東岳)の3つの山の総称である。悪沢岳は標高3,141 m 日本第6位の高さで、山へのアクセスは悪い。
 荒川岳一帯には氷河によって削られた地形であるカールが数多く見られる。上部は森林限界のハイマツ帯で、非常に多くの高山植物が自生し、ライチョウの生息地となっている。
 カールの中腹や底は、いずれも大規模な高山植物のお花畑となっており、特に中岳、前岳から荒川小屋に下る斜面では、規模の大きなお花畑の真ん中を登山道が通っている。

赤石岳(3,121m) 日本百名山

 赤石岳は、赤石山脈の南部にある山で、その堂々とした山容から南アルプスの盟主とも言わる。北方に荒川三山へと続き、南峰には聖岳・光岳へと続いている。赤石岳はその真ん中にある。
 赤石岳の東側を流れる赤石沢の源流に赤い色の岩盤が多くみられることが名前の由来となり、山頂には最も高所にある一等三角点があり、360度の展望が広がる。
 赤石岳周辺はアクセスのしにくさからも登山者が少なく、開拓されていない手つかずの自然が残る場所である。北側にはお花畑が広がり、ライチョウの生息地にもなっている。

 この計画は邉ちゃんからの要望で計画し、本来は9月中旬であったが新たなメンバーの要望で下旬にずらした。しかし台風の来襲のため更に2日後にずらして実行した。

23日
 朝2時に家を出て佐藤君を迎え、邉ちゃんとの待ち合わせの吾妻PAへ向かう。畑薙第一ダムから椹島までは交通規制のため自家用車では入れず、送迎バスは15時発なので夜中に出発しないと間に合わない計算だ。
 最近は目も悪くなり夜道の運転は疲れが出てきたが、交代運転できたので疲れはさほどでもなかった。邉ちゃんと合流して、加藤さんとの待ち合わせの静岡駅へ向かう。
 静岡から1時間ほど走ると昼食の食堂はなく、15時のバスに余裕があったので戻って昼食にした。この先は大井川沿いの道で山へ向かっていくと茶畑が出始め、茶畑は山へ向かって段々畑になっている。静岡はお茶の産地だったのだ。
 峠への登り道は狭い急カーブの連続で、スピード控えめで走って行った。井川の集落が近づくとレスキュー車とすれ違い始め、それが5台程にもおよんだ。帰りに分かったことによると河原で自殺があったという。
 長い長い山道でやっと畑薙第一ダム駐車場に着いた。バスへは10人ほどのお客さんだった。このバスは東海フォレストのバスで、椹島ロッジ、千枚小屋、荒川小屋、赤石小屋の小屋もそこが管理しており、どこかの小屋に1泊以上しないとバスには乗れなく、帰りには泊まった小屋の領収書が必要だった。
 椹島では何らかの工事をしており工事車両も沢山あり、ロッヂといっても登山客より工事関係者が大半みたいな建物だった。
 入浴して17時に夕食を食べ、軽く飲んで早々と寝る。

24日(曇り)
 朝5時に朝食を食べ6時前に出発する。この付近は明瞭な標識がなく、赤石川を横切る登山道は新し別ルートになっていたが標識もないため分かりずらかった。ここは悪沢岳へ登る登山者が多いはずであるのに、工事現場があったり工事用道路があったりで迷いやすく、しっかりした標識が無いのはおかしい。
 奥西河内に掛かる吊橋を渡るとようやく登山道になった。さっそく急登が始まりゆっくり登って行く。小石下の急登が始まると工事用道路とぶつかった。地図を見るとこの道路は千枚小屋の下まで登山道と並行するように続いていた。車道があるのに脇の道を歩くのには馬鹿らしさが感じられ、割り切れない気持ちでありながらも我慢して登って行く。
 清水平には水場あり昼食にする。邉ちゃんは昼食用にコンロと鍋を持ってきており、温かいスープでロッヂの弁当を食べる。邉ちゃんが栽培しているりんごを分担して背負っているので、少しずつザックを軽くする。ここでようやく単独行者が来て、彼は朝一番のバスに乗ってから来たという。なんと早いことだろう。
 蕨段を過ぎると見晴台があり登ってみると、初めてガスにかかった山容が見えた。ここはまたしても林道が交差しており、朝にガイド登山で車で行った登山者が帰りで、車の中から手を振っていた。ガイド登山だと車で行けるみたいで、それを見て腹立たしくなってきた。ようは金を出すと車で行けるということだろうか。
 見晴台で雨がパラついたがすぐに晴れた。駒池には寄らずに小屋へと向かうと、今日初めての花のトリカブトが薄い紫色で咲いていた。林道はこの辺まで続いているようで、小屋までは30分ほどだ。
 小屋で宿泊手続きを済ませ、食堂でさっそくビールを飲む。飲みメンバーが揃うとビール1本で終わるはずもなく16時まで宴会は続き、それから17時の夕食まで夕寝をする。まさしく大名登山である。


旧道にかかる滝


新道に続く吊橋


おだやかなブナ林


トリカブト


千枚小屋

タイム:椹島ロッジ(5:50)→見晴台(12:20)→千枚小屋(14:40)


25日(晴れ)
 5時の朝食を終えると間もなくご来光である。富士山は雲で見えないというので、朝のストレッチに専念する。今日は荒川小屋泊りなので時間に余裕がある。今日は天気が良いのでゆっくりのんびりと行こう。
 歩き始めるとナナカマドの実が真っ赤になっていたが葉はまだ緑で、紅葉はこれからのようだ。急な樹林帯を抜けると一気に視界は開け千枚岳、丸山、悪沢岳から赤石岳の稜線、後方には聖岳が見渡せる。後方には双耳峰の笊ヶ岳、雲海に頭だけ出した富士山が見えた。空は青空で素晴らしい眺めだ。そしてこれから向かう赤石岳は遠い。
 千枚岳からは間ノ岳、仙丈ヶ岳、塩見岳、遠く槍ヶ岳、穂高連峰が見えた。山頂からは岩稜っぽくなり急な岩場には鉄梯子がかかっており、後ろ向きで慎重に下って行く。梯子の先はガレで北沢へと落ち込んでいるので高度感があった。
 丸山付近はお花畑で、トウヤクリンドウ、ミネウスユキソウ、タカネマツムシソウ、イワインチンが咲いていた。花の最盛期には多くの花が咲いていることだろう。この山はアプローチが悪くさらに遠いので、お花見に来れないのが残念だ。
 悪沢岳が近くなってくると岩の間に真っ赤に紅葉したウラシマツツジが美しい。悪沢岳は360度の展望で遠くの山々は雲で見えなかったが、赤石岳はさらに迫力ある山に見えてきた。しかし、薄い雲がかかったりしてきて展望が悪くなってきた。昼食は邉ちゃんラーメンと弁当で、食後にはコーヒーも付いた。
 ガレの岩場をもったいないくらい下り、中岳へと登り直して行く。山頂の避難小屋前にはネットを張って植物を保護している区画があった。しかし天井はネットであるが側面にはネットが無かった。
 管理人さんの話によると、クロユリを保護しており年々増えてきていると言う。脇にネットがないのは雷鳥が通るためで、保護しなければならないのは人間の入り込みで踏み荒らされるからだと言う。ガスがかかってきたので雷鳥が現れることを期待する。
 前岳には寄らずに荒川小屋へと下って行く。しばらく下って行くと広範囲に背が高いネットが張ってあり、入り口には扉があった。ここは奥西河内の本谷の源頭でお花畑である。鹿の食害対策なのだろう。
 ミネウスユキソウ、タカネマツムシソウ、イワインチンが咲いており、イワベンケイの花が真っ赤に紅葉して美しい。下には小屋の赤い屋根が見えてきて、小赤石岳の大きな山容も見えてきた。
 小屋に着くとガスの切れ間から岩山の前岳が見えてきた。風が穏やかなのでジャケットを羽織ってテーブルで宴会となる。5時の夕食後は就寝した。


ナナカマド


右から小赤石岳、赤石岳、聖岳、上河内岳


右から丸山、悪沢岳、中岳、前岳


千枚岳にて


キタダケヨモギ


トウヤクリンドウ


左手前が塩見岳、その奥が仙丈ヶ岳、甲斐駒ヶ岳、間ノ岳、北岳、農鳥岳


悪沢岳に向かって


雲海に浮かぶ富士山


紅葉したウラシマツツジ


悪沢岳に向かって


悪沢岳にて


悪沢岳にて


前岳へ向かって


前岳避難小屋、クロユリの防護ネット


ミネウスユキソウ


紅葉したイワベンケイ


タカネマツムシソウ





イワインチン


荒川小屋と小赤石岳


荒川小屋と前岳

タイム:千枚小屋(6:40)→千枚岳(7:30)→悪沢岳(10:05)→中岳(12:30)→荒川小屋(14:25)


26日(快晴)
 5時の朝食を終えるとご来光の時間が迫ってくる。今日は天気が良く富士山は下の方まで見えており、静岡から見る富士山は大きい。富士山の周りの雲が金色色に染まり、左側から太陽が登ってきた。美しく素晴らしいご来光だ。
 今日は雲がない快晴で、上からの展望が楽しみだ。大聖寺平から小赤石岳に登って行くと昨日登った前岳から悪沢岳の稜線が見えてきた。どっしりとした山々である。赤く染まった所はどこにもなく、赤石岳周辺の紅葉は遅いみたいだ。
 遠くに白く御嶽山が見えている。噴火から明日が3年目である。その時は北海道オプタテシケ山に登っていてビックリしたものである。山中にはまだ不明者が数名いるという。
 小赤石岳手前で昼食にする。例によって今日はラーメンである。天気が良いのでのんびりとした昼食になるが、毎食分の材料と炊事道具を背負ってきてくれた邉ちゃんに感謝だ。食後にはコーヒーとりんご付きであるのだから。
 赤石岳の後ろには聖岳が見えているが、登山道は右から大きく回り込んでいるので聖岳まではかなりの距離がある。ここまで来るのも長いのであるから、聖までの縦走となるととても行く気にはなれない感じだ。
 いよいよ最後のピークである赤石岳の山頂に立った。長い道のりだった。たどった道のりは遠くに見え、通常より1日多くかけて来たとは言え満足感でいっぱいだ。しかし、ここから見ても聖岳は遠い。来年は塩見岳行きたいと思う。
 前方に避難小屋があるので行ってみる。管理人は白い髭のおじいさんで、小屋にはグッツが沢山あった。おじいさんと言えば我々もその領域に入るのだが(笑)。4人で1万円以上のグッツを買い込み、髭爺さんは満面いっぱいだ。テーブルには一升瓶が置いてあり、ここに泊まりたい雰囲気であるが我慢して山頂に戻る。
 分岐に置いたザックを回収して北沢カールへと下って行く。沢の水場までガレ場を下り、富士見平まで登りとなる。尾根をトラバースするような道で、北沢に切れ落ちている所には梯子がかかっており富士見平はけっこう遠い。
 富士見平は太平洋戦争時に日本の戦闘機が墜落した場所だと中岳避難小屋の管理人に教わった。現在でもエンジンだけが未回収で場所は不明だと言う。そこには慰霊碑があった。ここで赤石岳、荒川三山の見納めだ。毎日晴れてくれてありがとう!もう再び訪れることはないだろう。
 緩やかな下りを30分ほどで赤石小屋に着いた。例によって外で宴会を始める。赤石岳避難小屋で私が買ったグッツは20cm弱のスチールの丸いプレートで、髭親父のイラストの左右には酒飲め、山登れと書かれているものだ。まさに今の私たちである。
 20時になっても食堂で団体が騒いでいるので誰かが一喝したようだ。翌日分かったことには、一喝したのは邉ちゃんだった。


荒川小屋からの富士山


ご来光


前岳、中岳、悪沢岳


荒川三山


赤石岳に向かって


赤石岳にて


聖岳と兎岳


荒川三山、後方左から仙丈ヶ岳、塩見岳、甲斐駒ヶ岳、間ノ岳、農鳥岳


赤岳避難小屋で購入したプレート


富士見平 戦闘機の慰霊碑 工法は赤石岳と小赤石岳

タイム:荒川小屋(6:40)→小赤石岳(9:40)→赤石岳(11:00)→富士見平(14:05)→赤石小屋(14:50)


27日(晴れ)

 椹島の始発が10時半なので余裕をもって早く出ることにする。4時半の朝食後ヘットランプを点けて出発する。悪沢岳から赤石岳の山小屋の食事は朝が4時半と5時があって、早出するには助かる時間だ。山が深いので早くしてくれているのだろう。
 30分も歩くと明るくなり始めライトを消す。思ったよりも歩きやすい道ではあるが、距離はけっこう長い。半分も下ると急な下りとなり上から下って来た方々に追い越される。もう間もなくとなる頃には下から登ってくる登山者とすれ違うが、みな単独行だ。
 登る時は朝でまだ工事前であったが、今は工事が始まり別のところを通っているみたいだ。邉ちゃんが聞いたところによると、椹島の上に二軒小屋がありそこはリニアモーターカーが通る場所らしく、椹島を起点に工事が進んでいるみたいで年を越すと規模が拡大するようだ。
 椹島で渡された宿泊スタンプカードに4泊分のスタンプが押ささったので、売店に提示するとソフトクリームが貰えた。下りで汗かいた体には冷たくて美味しかった。
 バスに揺られ駐車場に向かう。駐車場から間もなくのところに温泉白樺荘があり、4日分の汗と便を流し昼食を食べる。静岡へ向かう山道は日中でもあり対向車があり、狭いカーブの道路は恐い。
 静岡駅で加藤さんとお別れし、高速道に乗る。今夜はどこに泊まろうかとネットで宿泊ホテルを探す。結構な時間を費やし、栃木県古河市のビジネスホテルの予約が取れた。
 車を駐車場に入れ、さっそく近くの居酒屋に行く。最初は乗らない邉ちゃんだったが年輩のママさんと意気投合し、けっこう飲み楽しい夜だった。それぞれの部屋に入り就寝する。


椹島の登山口にて 左の方は千枚小屋から前後して一緒だった方

タイム:赤石小屋(5:00)→椹島(8:50)


28日
 朝食を食べ車に乗る。高速道までは離れていたが田舎道で、脇の田んぼは稲穂が黄色になっていた。邉ちゃんの家に行き、りんご畑に行って、枝豆とりんごを収穫させてもらう。今日も暑く収穫に汗を流す。
 佐藤君は自宅まで運転してくれたのでしばらく眠ることができた。5泊6日の南アルプスツアーは、全日程晴れのもとに心から楽しい大名登山として終わることができた。
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