白神岳 ガイド登山 今年も向白神岳は迎えてくれなかった。吹雪の中下山。
 
向白神岳方面を望む
吹雪の切れ間に向白神岳方面を望む

3月10日(日)〜13日(水) メンバー:嶋脇様、小田中 智

 コース:白神岳登山口駅付近〜蟶山〜大峰岳分岐〜白神岳 往復


 嶋脇様から8連休になったので、念願の向白神岳に登りたいというオファーがあった。
 天気予報を見ながら、12日に向白神岳へ往復する日程とした。12日は、天気予報と天気図では完璧な好天なはずであった。

10日(月)
 昼過ぎ、嶋脇様と盛岡駅西口で待ち合わせをする。登山口までは4時間ほどかかるので、入れる所まで入って車に寝ることにする。
 やっと登山口への入口に着き、林道を入って行くと白神山荘から先は除雪していなかった。山荘には先客がおり車を止めれないので、駅付近の空地に戻り、そこに泊まる。
 寝酒を飲んで夏シュラフに潜る。外は風が強く、車が揺れていた。

11日(曇りのち風雪)
 朝食後、白神山荘に行くと登山者が出てきて、ここは私有地なので許可がないと勝手に止めれないというので、仕方なく泊まった所に車を置くことにする。
 身支度を整え歩き始める。海風は音をたてて木々を揺すぶる音が聞こえている。ジープの跡は登山口まで続いているが、雪は締まっているため車の跡から外れても潜らない。
 登山口で登山届を出して休んでいると、山荘の駐車場にいた登山者が登ってきた。山頂避難小屋に5泊するそうで、荷物が多いので今日は蟶山の先に泊まるそうだ。5泊もするということはカメラマンなのだろうか?
 2〜3日前に雨が降ったのだろう。雪は締まっており全然もぐらなく、うっすらと古いトレースの跡が残っている。途中からカメラマンが先行し、のんびりと急な登りを登って行く。
 蟶山に着くと山頂の看板が見えない。昨年は見えたので、今年は雪が多いみたいだ。858mピークを過ぎた付近で、カメラマンが設営の準備をしていた。
 977mピークを過ぎると今まで覆い被さっていた雲が上がり、蟶山の先に日本海が見えた。このまま天気が良くなり、今年もまた夕日が見れるのではないかという期待を持たせてくれた。
 斜度が急傾斜になってきた頃、スノーシューからアイゼンに履き替える。急な登りから大峰岳の分岐に近づくにしたがい、風雪となり視界も悪くなってきた。
 分岐ではさらに天候が悪化してきたので、下山時のことを考えてブッシュにマーキングテープを結びつける。下山時はここが蟶山へのポイントになるので、しっかりとしたマーキングが必要な所だ。
 昨年は稜線に出ると向白神岳と岩木山が迎えてくれたが、今日は視界が20mで風も強く、見えるのは足元の白い雪だけである。右の稜線の境目を目印に登ったり下ったりして行くと、前方にボンヤリと便所が見えた。その先には屋根だけを残して雪に埋まった避難小屋があった。
 そのまま先に進み、白神岳山頂で写真を撮り、早々に小屋に戻る。小屋の東側の冬期入口が出ていたので、雪を払い除け窓を開ける。二重扉で片側しか開かないので、私の体が入るか心配である。出ばった腹を引っ込めて中へ潜り込んだ。
 昨年は1階の入口の3分の1が出ていたので、ピッケルで必死に掘って入ったものだった。そうすると、昨年より今年は50cmは積雪が多いことになる。
 小屋は3階になっているので2階に陣どり、備えつけの銀マットを借用して小部屋を作る。間もなく白神ホテルスペシャルルームの完成である。そして、今日は貸切である。まずは熱いコーヒーで体を温める。
 今夜のディナーは、海鮮鍋と餃子である。鍋の具は、生エビ、生ホタテ、生タラ、舞茸、豆腐、シラタキ、白菜、ネギと豪華な具材である。ホットウイスキーを飲みながらの鍋は美味しい。嶋脇様からは食事料金を2,000円という高額な金額をつけていただいた。
 明日の好天を期待して、早くにシュラフに潜る。外からは風が小屋に吹きつける音が響いていた。

登山口
登山口

歩き出しの夏道
歩き出しの夏道

蟶山
蟶山

枝に着いた雪氷
枝に着いた雪氷

858mピークへの登り
858mピークへの登り

977mピークの上
977mピークの上

大峰分岐への登り
大峰分岐への登り

屋根だけ出して埋もれている避難小屋
屋根だけ出して埋もれている避難小屋


白神岳

タイム:駅付近(6:30)→登山口(7:45〜8:05)→蟶山(10:40〜55)→大峰分岐(13:50)→白神岳(14:20)→避難小屋
 

12日(風雪) 停滞
 朝4時半に起きて外に出ると、風雪が強く視界が悪い。まずは朝食を済ませ、様子を見ることにする。シュラフにもぐり一眠りする。8時頃、外に出てみるが状況は変わらず回復の兆しもないので、今日は停滞とする。
 予定では明日下山であるが、明日の朝が天気が回復していれば明日に向白神岳に登り、もう一泊して14日に下山することにする。明日が天気が悪ければそのまま下山することにする。
 シュラフに入りウツラウツラしていると、11時頃に外から物音が聞こえた。どうやら昨日のカメラマンが登ってきたようだ。西側の冬期入口を掘り起こして中に入ってきた。彼は3階の明るい所に陣どりツエルトを張った。
 落ち着いた頃、しばらくカメラマンと話をする。今までの14年間を白神岳に通い写真を撮り続けている、プロのカメラマンだった。いろんなことに詳しく、撮影ジャンルは山の写真が得意だと言う。
 時々外に出てみて、夕方になって一瞬だけ雲が切れ向白神岳方面が見えたが、すぐにまた雲に覆われてしまった。朝から空は明るかったので、上空は晴れていることだろう。ここは日本海の影響で雲が発達しているものと思われる。下界ではきっと晴れていることだろう。
 今夜のディナーは、手作りのハンバーグとサラダである。タマネギをみじん切りにして、茶色くなるまでフライパンで炒める。ナイロンの手袋をして、牛肉のミンチにパン粉と炒めたタマネギを塩をふりながら混ぜ合わせる。バターでこんがり焼くと特製ハンバーグのできあがりだ。
 カメラマンを招待して3人で楽しい食事をする。カメラマンは府瀬川秀司さんという方で、家に帰ってからネットで調べてみると、「ブナ林の四季・白神山地」を出版したプロのカメラマンだった。
 明日の好天を祈りつつ、シュラフにもぐり込む。

吹雪の切れ間に向白神岳方面を望む
吹雪の切れ間に向白神岳方面を望む


13日(風雪のち雨)

 4時半に起床し、祈るような気持ちで外に出てみると、風雪で視界は悪い。まずは朝食を済ませまた外に出るが、天気が回復する兆しはみえない。残念ではあるが下山することにする。
 パッキングをして掃除をし、府瀬川さんに別れを告げ外に出る。風が強いので便所に行きアイゼンを着用し出発する。進むにしたがい風は強さを増し、強風で歩くのが大変なくらいの強さだ。風速20mを超えていると思われ、安全を考えひとまず便所に戻る。
 たびたび便所から出て風の強さを確認するが、風はなかなか弱くはなってくれない。2時間ほど便所に居座った後、下山を試みる。風速は15m程となっており、視界がきかない中、足元に注意しながら下って行く。大峰分岐に付けたマーキングを確認し、蟶山の尾根へと急斜面を下って行く。
 急斜面が終わった頃になると風はだいぶ弱くなったが視界は相変わらず悪く、雪はグズグズとなりアイゼンには団子が着くようになった。
 方向を確認するためGPSで確認していると、足元のバランスを崩しスリップした。ピッケルは手から離れ、そのままズルズルと滑り斜面が緩くなり止まった。斜面で立ち止まった時にはステップを切る、ピッケルは肩バンドを使用するという基本を怠った結果であった。
 左にトラバースし尾根に戻り下って行く。尾根上は間違えるはずもない所ではあるが、977m付近から左の枝尾根に入ってしまい、CPSで現在位置を確認し右にトラバースして尾根に戻る。今回はずいぶんGPSが活躍する場面だった。
 蟶山に着くとミゾレから雨に変わった。蟶山の看板が出ていたので、2日間で30cm程雪が消えたと思われる。標高が低い山は雪解けも早い。
 下りはトレースから外れると潜ってしまうので体力の消耗が激しい。トレースにしたがってゆっくりと下って行く。ワカンがあれば下りは早い。もう時期的にはスノーシューではなく、ワカンの時期である。
 雨を吸い込んだザックは重くなり、バテバテ状態でやっと車に着いた。

蟶山
蟶山

タイム:避難小屋(8:30)→蟶山(10:30〜40)→登山口(12:15〜30)→車(13:20)

 昨年の3月もそうであったが、今年の冬も向白神岳は迎い入れてはくれなかった。嶋脇様も昨年の夏、大峰岳から十二湖へ縦走中に雷のため引き返しており、2人にとって白神岳は因縁の山になってしまった。
 4月の下旬になると天気が安定し行きやすくなるのであるが、私にとってはやはり冬の向白神岳でなければならない。来年は1週間くらい居座る日程で訪れてみたい。

 ハタハタ館で汗を流し冷え切った体を温め、食事をして北秋田市に向かう。私は友人の梅ちゃんの家に泊まり、嶋脇様は大館のホテルに泊まることになっている。
 鷹巣駅で嶋脇様と別れ、梅ちゃんの家に向かう。梅ちゃんの家は立派で山の家っぽく、久々に山を語り楽しいひと時はアッという間に終わってしまった。
 朝食をご馳走になり、田沢湖経由で家路についた。

★嶋脇様からの声
 白神山地、最高峰、向白神岳は僕にとっての憧れの山である。今回、連休を利用して、挑んだ。が、天候は安定していたものの視界の悪さにより、挑戦することもできなかった。
 やはり、天気が安定する4月以降でないと難しいと思った。目標は果たせなかったが、世界遺産白神山地に雪が、ある時期にこれたことは、思い出となった。
 ますます、向白神岳登頂への夢が膨らんだ。
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