剣岳 小窓尾根

チンネと剣岳 イメージ

1976年4月28日〜5月4日
 パーティ/CL 岩淵 一雄、土門 一男、小田中 智、出堀 宏明


 小窓尾根を思いついたのは3年前の冬山合宿である。夕陽や朝焼けに輝く岩稜を見た時、近いうちに登ろうと計画を立てていたが、延び延びとなり、3年目に着手した。

剣岳周辺概念図

4月29日(曇り)
 前日20時55分「いわて手3号」で盛岡を発ち、5時50分、上野に着く。高崎線に乗り換え、直江津を経て富山に出て、電鉄に乗り換え上市へ。
 まだバスは馬場島まで入っておらず、タクシーを使用した。空はどんより曇っていて、明日の天気が心配だ。
 明日の朝、早く出発のため馬場島山荘に泊まる。部屋のいたる所にヘッピリ虫という誰かさんに似た臭いガスを発生する虫がいて、退治に取りかかり、明日の好天を期待しながらシュラフに潜る。


4月30日(雨)
 夜半から降り出した雨は、7時頃になっても止む気配がないので、仕方なく停滞と決める。
 夜、シトシト降っていた雨がようやく止み、星が輝いている。一時の晴れ間で明日も雨が予想されたが、かすかな期待をもってシュラフに潜る。


5月1日(雨)
 4時起床と同時に空を見るが、どんより曇っていて、今にも降り出しそうな空模様だったが、とにかく登ることにし、5時頃出発する。早月尾根登山道を右に見送り、白萩川沿いに歩く。
 40分ほど歩くと雷が鳴り出し、間もなく雨が降り出す。橋の下で様子を見ながら雨宿りをするが、風と共に雨が強くなったので、仕方なく馬場島荘に戻る。3日目ともなると主人とも顔なじみになり、冗談も飛ぶ。山荘は雨宿りの登山者でいっぱいである。
 2日間もゴロゴロしていると力が余ってしまい、腕相撲などをしながら時を過ごす。もう予備日もなく、明日こそ絶対に晴れてくれなければ小窓尾根の末端までも行かずに帰らなければならないと思うと腹が立つ。4人のうちで誰か悪いことでもしたのだろうか。
 今日の夕食はヒッツミで、小麦粉を練っているうちにいつの間にか汚い手がきれいになっていた。
 明日は早く出発し、三ノ窓近くまで入りたい。明日に最後の期待を託し、祈るような気持ちでシュラフに入る。

タイム/馬場島荘発(5:30)→白萩川の橋(6:15〜7:00)→馬場島荘(7:30)


5月2日(晴れ)
 3時起床と共に空を見ると晴れている。小窓尾根を見ただけで帰らずに済み、あんどの思いで胸をなでる。
 5時出発、昨日戻った道を、今日は晴れ晴れとした気持ちで進む。昨日雨宿りをした橋から15分ほど行くと1回目の徒渉点である。先行パーティはザイルを使用し徒渉しているが、我々は浅瀬を見つけ、スピーディに左岸へ渡る。
 えん堤を過ぎると2回目の徒渉点である。今度は少し深そうだったのでズボンを脱いで私が先に渡ったが、思ったより深く、腰近くまで入りパンツまでびしょぬれとなった。
 出堀、小田中は下ズボンを脱いで徒渉し、最後の土門はパンツまで脱いで全員渡り終える。後続パーティも私たちを見習って渡っている。
 少し行くと雪渓が切れて渡れそうにもなく、右岸を大きく高巻きした。200m位離れた所にカモシカがいて、我々の様子をじっと眺めていた。池ノ谷出合を右に見ながら、雷鳥岩から尾根に取付く。尾根は夏道が現れていて、急で、重いザックが肩に食い込む。
 1,900mを過ぎると視界は開け始め、傾斜も幾分緩くなる。間もなく切り立ったニードルが見え、いよいよ核心部に入る。簡単な岩を乗り越し、岩稜を過ぎるとニードルである。
 ニードルは10m位の簡単な登りで、すぐピークに立った。
 雪稜をドームのあん部へと下る。ドームの登りはほとんど木の根っこをつかみながらの腕力登攀だった。ドームの頭でゆっくりと休み、五龍岳、鹿島槍ヶ岳、穂高連峰の360度の展望を楽しんだ。 
 あん部へは尾根の中で最大の下りだが、思ったより傾斜が緩い。コルからマッチ箱へと岩稜が続いており、安全を期しザイルを結ぶ。岩淵と出堀、土門と小田中の2パーティに分かれ、若手組が先頭に立ち、コンティニュアスで進む。
 マッチ箱は大きく、小さな岩の乗越しと木の根っこ登攀でピークに立つ。三ノ窓は手の届く所に見えるが体力的、時間的に見ても、これ以上の行動は無理なので、テントサイトを探しながら歩いて行くと、小窓ノ頭に眺めが良く、設営に良い所が見つかり、幕営する。
 3日間遊んでいた分、今日は12時間ビッチリの緊張した行動で、チカレタビィよろしくテントに入った。先ず水を作り、カラカラののどを潤す。腹の虫がうるさく騒ぐので今夜は登頂前祝いとして赤飯を炊き、腹一杯食べたが、疲れすぎて語り合う余裕もなくシュラフに潜り込む。


小窓尾根 イメージ

タイム/馬場島荘発(4:45)→1回目徒渉(5:50)→2回目徒渉(6:10)→雷鳥岩(7:40)→1,900m(11:20)→ニードル
    (13:20)→ドームの頭(13:50〜14:15)→マッチ箱基部(14:50〜15:05)→マッチ箱ノ頭(16:00〜16:10)→
    小窓ノ頭(16:35)


5月3日(晴れ)
 核心部も終わりに近いので今日はゆっくりと出発する。空は曇っているが、どうにか持ちそうだ。雪はクラスト気味で、初めてアイゼンを履き、Mピークのあん部に下り、急な登りを慎重に登ってMピークに出る。すぐ目前に見える剣尾根は尾根というよりもフェースの連続で、なかなか困難な様子で、これでまた一つ大きな目標ができた。
 小窓王から三ノ窓へのルートは急傾斜で、池ノ谷へ落ち込んでいて絶対にスリップは許されない。
 ピッケルをガッチリ突き刺し、慎重にトラバース気味に進むと三ノ窓へ出た。緊張の連続であった小窓尾根も終わり、ホッとする。
 三ノ窓はチンネの登攀者でいっぱいだった。「雨さえ降らなければ我々も登っていたのだ」と思うと残念でならない。
 チンネ登攀を次回に回し、三ノ窓を後にする。長次郎のコルで一休みしていた時、急斜面を他のパーティがスリップし、落ちていくのを目撃した。
 剣岳山頂はもう間近で、ガスの切れ目から太陽が顔を出し、ポカポカ暖かく、昼寝でもしたい感じである。早月尾根には沢山のパーティがおり、カニノハサミ付近で待たされるが、適当な場所で追い越し、ドンドン下る。しだいに暑さも増し、どっと汗がふき出し、フウフウ言いながら馬場島に着いた。 
 下山届けを出し、タクシーで上市に向いながら小窓尾根を振り返ってみると、「この尾根は、岩登りは少ないが、尾根の両側はスッパリ切れており、少しのミスも許されないので、日頃から急斜面を確実に下れる訓練が必要だ」ということを感じた。
 今回は、冬山合宿の偵察も含めて入ったが、かなりの困難が予想され、現在の会の力では、冬山合宿は相当厳しいように感じられた。

タイム/小窓ノ頭(7:45)→三ノ窓(8:55〜9:15)→長次郎コル(10:05〜10:20)→本峰(10:50〜11:00)→伝蔵小屋
    (12:45)→避難小屋(13:15〜13:25)→馬場島(15:00)


                             盛岡山想会山懐10号より掲載 記:岩淵 一雄
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