北岳とバットレス イメージ
1984年12月28日〜1985年1月4日
パーティ/CL 砂子 勉、上野 幸人、田中館 佳子、橘 貴子、小田中 智
12月29日
仕事納めをしてから19時の新幹線に乗り込んだ。「やったー、あこがれの南アルプスの冬山だ」。
正月休みを職場の先輩と交代してなんとか参加できたので、うれしくてしょうがない。
また、冬合宿のため、体力トレーニングを重ねてきた。これからが本番だと思うと、ワクワクする。新宿から中央線の電車で、シュラフカバーに潜り込むとぐっすり眠った。
12月30日(晴れ)
甲府駅からタクシーで夜又神峠に行き、ここから歩く。雪が少なく舗装道路をプラスチックブーツをガタガタさせて歩くので歩き難い。池山小屋に12時15分に着く。このあたりの積雪は膝下くらい。
北岳周辺概念図
コース/夜叉神峠〜池山小屋
12月31日(晴れ)
池山小屋を7時20分に出発。2,372mのピークの手前から富士山がきれいに見えた。ボーコン沢ノ頭の辺りから風が強くなり進めない。「手が冷たくなるので時々手を動かすように」と砂子リーダーに言われる。
アイゼンの爪を引っ掛けないように慎重に歩く。11時5分、八本歯のコルに着く。
バットレス四尾根上部 イメージ
コース/池山小屋〜池山吊尾根〜ボーコン沢ノ頭〜八本歯ノ頭〜八本歯ノコル
1月1日(吹雪)
新春の朝日だ。朝焼けをバックに富士山の端麗な姿に息をのむ。
この日、小田中、佐藤、私の3人は、間ノ岳と北岳頂上をめざした。
6時50分にベースを出て、高度を上げて行くごとに風が少しずつ強くなり、特に中白峰から間ノ岳(3,189m)頂上までは強風なので、顔をあげることができず、せっかくの冬景色も見ることができず必死に歩いていた。そして14時15分、北岳頂上(3,192m)に立った。
南アルプスで1番高いピークからの眺めは素晴らしい。
360度の展望、富士山を始めたくさんの峰々が背比べをしているようだ。白い山々を包むように雲海が横たわっている。
時が止まったような不思議な世界。山は常に新しい発見があり、新しい感動を与えてくれる。この日、4尾根登攀パーティの砂子、上野、田中舘も無事登ってベースに戻ってきたが、3人共かなり疲れているようだった。この日、千葉、藤沢、下田パーティも合流したので山想会の新年会となった。
みんなお酒を飲みながら、それぞれ今日の南アルプスでの山行に思いふけっているようにだまりこんでいる。それとも疲労のせいか静かな宴会だ。
いつものように小田中が口火を切った。「4尾根を登攀したい、砂子、千葉、行かないか」と。砂子は黙ったまま。千葉は「予定以外だから」ときっぱり断っていた。
「小田中は縦走だけじゃつまらないだろうなあー」と思っていたが、話がまとまらないうちに2日になった。
コース/八本歯ノコル〜北岳〜北岳山荘〜間ノ岳〜八本歯ノコル
1月2日(曇り)
朝食後、お茶を飲みながら、今日の行動計画を話し合う。
上野、田中舘は「北岳頂上に行く」という。砂子、佐藤は「お休み」と冗談まじりにポツポツ言い始める。小田中は黙ったまま後片付けをしている。
「私はどうする。休みは5日まで。できたらもう少し距離を延ばしたい。でも一人では行けない。こんなチャンスめったにない。でも砂子リーダーたちは休暇が3日まで。
昨日の登攀で疲れているだろうなア。でも、もうちょっと行きたい」との思いが強かった。
だめでもともとと思い、「あのう、農鳥岳まで行きたいのですが」と言い出す私。砂子リーダーは地図を見ながら、しばらくの間考えてくれた。そしてみんなの意見を聞いた。
佐藤は千葉パーティと下山。リーダーを始め上野、田中舘、そして小田中も賛成してくれた。
「みんなありがとう。みんな本当は計画どおり下山したいはずなのに…」
8時30分出発。自分が言ったからには頑張らなければならない。急な雪の斜面も怖がってはいられない。先頭の上野の足どりが遅く感じられ、ついつい小田中の後を追ってしまった。(この時、小田中はこの急な雪の斜面を、アイゼンの歯がなかなかは利かない所もあるというのにノーアイゼン。すごい技術、すごい心臓!)
砂子リーダーから「列を乱すな」と注意を受けた。稜線を歩く私たちに風当りは強い。農鳥小屋から西農鳥岳、農鳥岳までの長いこと。午後になって天気は悪くなり、風がますます強くなる。「私が言い出した山行だから、どんなことがあっても行こう」と自分で自分を励ます。
大門沢のルートを確かめた所で休憩。みんなで、富士山をバックに記念写真。のどがカラカラ。雪のシャーベットがなんとおいしいこと。大門沢の下りは傾斜がきつく下降の苦手な私は遅れ気味。田中舘はスルスルと行く。田中舘の体力、技術もさることながら弱音を一切はかない心根は男性以上だと改めて思った。
暗くなってきた。ヘッドランプを頼りにとにかく歩く。奈良田まで川沿いの道をみんな無言で歩く。19時。奈良田の宿の光を見た時は本当にうれしかった。きれいな旅館とはいえなかったが、お風呂に入れたし、ビールで乾杯もできたし、そして布団があった。でも久しぶりの布団なのに、なぜか寝つけなかった。
計画になかった農鳥岳、奈良田への縦走は良かったのだろうか。
縦走中、砂子リーダーから注意を受けたことや、3,000mの急な雪の斜面、カリカリでアイゼンの爪がなかなか入らず、緊張したこと。
北岳、間ノ岳、農鳥岳や富士山の冬景色などが、ぐるぐると頭を巡った。
間ノ岳と縦走路
コース/八本歯ノコル〜間ノ岳〜西農鳥岳〜農鳥岳〜大門沢小屋〜奈良田
盛岡山想会山懐10号より掲載 記:橘 貴 子 |